“気学”を通して、リズムを知る 自分を知る 回りを知る
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Fw:一隅を照らす
いつもよいお話しありがとうございます。

Tさん。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
最澄が言った言葉に一隅を照らすと言う言葉があります。
 
 要約すると自分を取り巻くな環境に対して、色々不満や意見があるだろうが
 
取り合えず自分が今、周りに対して出来る良い事をコツコツやる事に徹していれば
 
自分の環境は元より、国をもよくすることが出来る。
 
今不況で、政治に対してや経済に対して会社に対して社員に対してなど色々不満があるでしょうが
 
私たちがやる事は他者が変わるのを声を大にして言う事ではなく、今自分の身近な人たちに対してベストだと思う
 
良い行動をしていくしかないのです。そうしてるだけで言い訳なんてしたくなくなるし晴々してきます。
 
 私は常々みんながハッピーな環境を作りより広くしていく事が、一番大きな仕事の目的であり人生の使命だと思っています。
 
結果業績もプライベートな環境も良くなって行くものだと思って行動していました。
 
 
最近、最澄のこの言葉を発見した時は、自分が思ってた事は間違いではないと改めて再確認しました。
 
一隅を照らす運動、お勧めします。
 
説明文も載せておきます。
 
 「古人言く、径寸十枚、これ国宝に非ず。一隅を照す。これ則ち国宝なり、と」 伝教大師最澄「天台法華宗年分学生式」の冒頭に出てくる言葉です。これは、最澄の師、唐の湛の著「止観輔行伝弘決」にある次の話を踏まえています。 
  むかし、魏王が言いました。「私の国には直径一寸の玉が十枚あって、車の前後を照らす。これが国の宝だ。」すると、斉王が答えました。「私の国にはそんな玉はない。しかし、それぞれの一隅をしっかり守っている人材がいる。それぞれが自分の守る一隅を照らせば、車の前後どころか、千里を照らす。これこそ国の宝だ」と
 
  これに感銘した東洋思想家の安岡正篤師は「賢は賢なりに、愚は愚なりに、一つのことを何十年と継続していけば、必ずものになるものだ。別に偉い人になる必要はないではないか、社会のどこにあっても、その立場立場においてなくてはならぬ人になる。その仕事を通じて世のため人のために貢献する。そういう生き方を考えなければならない」との見解を述べています。 
  人は誰でも何らかの使命を果たすためにこの世の中に遣わされてきているともいいます。右顧左眄して、人をうらやんだり、自分を卑下するのでなく、自分の持ち場の一業に徹すれば、必ずいい仕事ができるといいます。一燈と揚げて、一隅を照らそう。そうすればそれがいつか万燈となり、国をも明るく照らすようになる。

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